「枕草子」の中の
星世界
第一段、春はあけぼの 写真:京都御所

 「枕草子」とは、あの「春はあけぼの・・・・」から始まる、平安時代に清少納言(本名及び生没年未詳)が記した、約300段もからなる随筆です。その中には、「星は、すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」と星に関する記述もあり、天文愛好家にとって最も有名な文だと思います。「枕草子」は、当時の宮廷女性の生活習慣や風俗、物の考え方などが分かる貴重な資料とされています。
 清少納言は、日々の様々なもの・ことを綴っただけかもしれませんが、その中に少なからず星に関係した物も見出せます。今回は、これらを取り出して、考えてみたいと思います。
 「枕草子」については斉藤国治氏もすでに「古天文学の散歩道」の中で取り上げられています(「『枕の草子』についての天文考」)。この中では特に平安時代の時刻制度について解説されていました。


カッコ内の数字は、段数


 今回、この文章を作るのに当たり、枕草子を単に開いてみて見つけた、天文に関係ある文を拾っただけです。もちろん、全体をまず鑑賞し、その上で天文に関係のありそうな箇所を拾うと、より充実することと思います。私はこれを将来の楽しみに取っておいています。

 今回は、「枕草子」に出てくる星に関する記述について調べ御紹介しましたが、他の古文書にも星に関する記述はたくさんあるようです。「枕草子」の中でも出てきた「すばる」に関して少し御紹介しても、まず、「古事記」や「万葉集」に、五百津之美須流之珠(いおつのみすまるのたま)とか須売流玉(すまるのたま)(両方とも、糸でつないだ珠飾りの名として、名付けられたらしい。)などと記されています。
 「すばる」がプレアデス星団の名として初めて登場するのは、平安中期の歌人で三十六歌仙の一人、源順(みなもとのしたごう)が、勤子内親王(いそこないしんのう)の命により撰進した「和妙類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」らしいので、承平四(九三四)年頃のことです。
 その他にも、

  馬の背にいかなる淵のあるやらんひろき空にもすばる星かな (前大納言為家)

  月は東にすばるは西にいとし御殿はまん中に (丹後の俗謡)

  ふかき海にかがまる海老のあるからに ひろき空にもすばる星かな (為家と西行の連歌)

などと数々の和歌が残っております。
 今も昔も、星を見る人がいた、いる事実は変わりません。私は、ずっと昔から今までほとんどが変わらず輝き続ける星々を見ていると、昔の人々が、当時、どのような思いでいたのだろうと思うことがあります。星を見る人がいた以上、何らかの形として記録され、今回、テーマとした「枕草子」のように、後世に語り継がれています。また、機会があり、私の興味が及べば、御紹介したいと思います。
 

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