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火星の伝説 |
火星(かせい)とは、地球のすぐ外側をまわる惑星で、金星に次いで地球に近づきます。地球の約半分の大きさで、二個の衛星をもっています。
不気味なほど赤い色をして人を惑わせるところから、江戸時代の辞書『和爾雅(わじが)』にけい惑(けいわく)(ほのをぼし)、江戸時代の百科辞典『和漢三才図絵』には、わざわい星と記されています。五行では南方に当たります。
「夏日星」とは、火星の和名。『梁塵秘抄口伝集(りょうじんひしょうくでんしゅう)』によると、「用明天皇(在位五八四〜五八七年)のころ、難波に土師連(はじのむらじ)という唱歌の名人がいた。ある夜、妙なる声で歌い始めると、屋根の上から、それに合わせて歌うものがあった。驚いて外に飛び出してみると、童子の姿をした夏目星の精だった。土師連が追いかけると、住吉の浦に走り出て海に入ってみえなくなった」とあります。
これは、けい惑(けいわく)星が、土師達の歌を愛でて人の姿になって歌ったもので、『聖徳太子伝暦』などにも記されています。
「西郷星」とは、明治の一時期に呼ばれた火星の異称。
明治十年(一八七七年)、西郷隆盛は西南戦争を起こし、政府軍相手に半年あまりにわたって九州を転戦したが力つき、九月二十四日城山で自決しました。実はこの年の九月三日に火星が地球に最接近し、マイナス二・五等の明るさで夜空に不気味に輝いていました。このことから「西郷が死んで星になった」と、当時の絵入り新聞や錦絵に記され、以来、西郷星といえば火星をさすようになったのです。
尚この年は、火星の近くに土星が〇・五等で光り、十一月には二つの星の間隔が〇度一一分とくっつくように並びました。そこで土星を桐野星(きりのぼし)と呼びました。桐野とは、薩摩士族の桐野利秋をさします。
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